夏目漱石「草枕」

以下は夏目漱石の小説、「草枕」の冒頭部分だ。
僕も長年
「芸術とはいかなるものか?」
について考えてきたが、こんなに端的で気持ちよく表現された芸術論は他に見たことがない。



山路を登りながら、こう考えた。

智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。

住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。

人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。

 越す事のならぬ世が住みにくければ、住みにくい所をどれほどか、寛容て、束の間の命を、束の間でも住みよくせねばならぬ。ここに詩人という天職が出来て、ここに画家という使命が降る。あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊とい。



よく最初の部分だけが名言として引用されたりしているが、智に働けば・・・の部分だけでは不十分だと思う。漱石は芸術というものが如何なるものかということをここで述べているのだから。
要するに、正直人生ってしんどい。面倒。うまくやろうとすればするほど下手に転がってしまう。
「人生はしんどい」
そう悟った時に初めて
「ではどうすればしんどくなくなるのか?」
という問いが生まれ、その問いに対して人は芸術で答えようとする。
逆にいえば、その問いに辿りついて初めて芸術に「価値」が生まれる、というわけだ。

なんと。
ニーチェの「ニヒリズムからの脱却」と似てるっすね。
ニーチェは
「この世に絶対的な価値など存在はしない。
だからこそ、それを探さなくてはいけないのだ。」
と言ってる。夏目さんの言うことはそれと凄く似てるんじゃないだろうか。

漱石もニーチェの「ツァラトゥストラ」を批判的によく読み込んでいたらしいし、その弟子である芥川を始め明治時代の文学者はものすごい量の文献を読みこなしていたらしい。
現在価値観論は「相対化」されちゃっているけど、それはやはり新たなるスタートなんでしょう。
どのような価値観を持ってこの生きにくい世界を生きていくか?
そんな問いの答えを自分なりに見つけること、それこそが「芸術」。
この本にはそれがよく語られている。


草枕 (新潮文庫)草枕 (新潮文庫)
(1968/03)
夏目 漱石

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